突然ですが、私は「〜している自分に気付いた」とか、 「〜な自分がそこにいた」とかいう表現がキライだったりします。
何が気にくわないって、「自分」というのは一人称なわけでしょう、 じゃあその「自分」を観察して語っているのは一体誰なんだ、ということなんです。
ではその気にくわなさを引き立たせる例をいくつか挙げましょう。
「そのとき、パンツ一丁で電車に乗っている自分に気付いた。」
自分でやってることなんだから気付いて欲しい。
「そのとき、Hボタンを連打している自分がそこにいた。」
自分でやってることなんだから、あたかも他人がやっているかのような言い方はやめよう。
というように、自分の行動にもっと責任を持って 行く方向でお願いしたい!
と熱く語る自分がそこにいた。うまい!(座布団1枚半)